2024年3月4日月曜日

3月は、苦悩の季節




 ジャニー喜多川による性加害問題は、全く終わっていない。
 被害者への補償も、被害者に対する誹謗中傷対策も、再発防止策も、すべて不完全だ。

 しかし、テレビや新聞などのマスメディアは、報道しなかった反省をした割に、この問題の深掘り取材をしないまま。

 大勢いる被害者は、多くの方にとって他者だ。
 他者の苦痛に向き合うには、どうすればいいか。

 NHKのEテレ『100分de名著』では、「実証的な理論ではなく、感情に訴える方がより機能を果たす」と紹介した。

 僕は毎日、この問題に関する動画を公開し続けている。
 既に100本以上も公開したが、同番組ではこのように語られていた。

「リベラルな小説家、詩人、ジャーナリストは、そのような(感情に訴える)手段に長けているが、リベラルな理論家は通例、そうではない」

 その通りだと思う。
 フェミニストですら、「男が男に」の被害だと、ジャニーズ問題を誤読してはいないか?

 第2次性徴を迎えていない8歳から13歳までの「子ども」を中心に性虐待の犠牲者になり、被害者の数が少なくとも1000人以上に及ぶという人類史上最悪の凶悪犯罪だ。
 なのに、#metoo運動としてジャニーズ問題は盛り上がっていない。それどころか、風化しつつあるのが現状だ。

 多くの日本人には、子どもの頃に虐待されても、その被害の自覚がない。
 それは、ジュニアの頃に性被害を受けたのに、イヤな記憶を忘れようとする人たちと同じだ。

 日常を安心して生きるために、「つらい記憶は忘れたい」と望むのは人情だが、自分以外の大勢の被害者に対してSNSで誹謗中傷するのを「やめよう」とコメントすることすらしないまま、「僕たちは輝き続ける」と笑顔で人前に立つのは、やっぱりおかしい。

 テレビ番組やライブ映像を公開したYouTubeは、今も被害のトラウマでうつ病や睡眠障害などに苦しむ被害者も目にしてしまうものなんだから。
(スターを夢見ていたのに性被害で働けなくなった方々の前で、堂々と「俺たちは輝き続ける」と言えるのだろうか?)

 ジャニタレや辞めジャニの人たちが、テレビやライブ、記者会見などで人前に出る時、なぜせめて「被害者に対する誹謗中傷はやめて」と言えないのか?

 そのたった一言すら言わずにいられる人たちに対しても、僕は「私たち」の一部として受け入れたいし、対話したい。
 被害者をいたわる言葉をどうしても出せない事情を、僕は知りたいのだ。


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